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〜雨と光の中〜

〜 A short story 〜

西から東へと重そうな黒い雲が近づいてきているのが見えたので、僕はどこか適当な雨宿り先を探しながら、少し歩幅を広げて歩いていた。

雨宿りの場所はべつにどこでもよかったのだが、本当はどこでもよくはなかったのかもしれない。知らず知らずのうちに、あのときの僕に相応しい場所を探していたのかもしれない。

とにかく、どこか雨宿りの場所を探しながら歩いていた。

いつもと代わり映えのしない街は、大勢の人と多くの車が信号待ちをしているだけのように見えた。

僕の毎日もこの街と同じように代わり映えしないなあ。

一粒二粒と雨が降ってきたし、そろそろ歩き疲れたころだったので、雨宿りの場所は偶然目に入ってきた古びれたバーに決めた。

古い木板には飾り気のない文字で「Bar もぐら」とかいてあったが、どうやら一人でも入りやすそうだ。

カランカラン。

薄暗い店内にはシックなカウンターに8席と、奥には小さなテーブルが2つがあって、心地良いジャズが心地良い音量で流れていて落ち着いた雰囲気だった。

すでにカウンターにはショートヘアの女性が座っていて、僕はなぜかホッとした。そしてなんとなく彼女から3つ隣のカウンター席に座った。

耳まで見えるショートヘアの彼女は艶のある黒髪で、美人というわけではなく、鼻が高いわけでもなく、特別にオシャレをしていることもないのだが、もの静かで清潔感があって感じがよく、僕の目にはとても魅力的な女性に映った。

少ないメニューの中から適当なスコッチウィスキーを選んでマスターに注文したが、すでに僕の意識は3つ隣の席に座っていたショートヘアの彼女にあった。

ひとりで静かにお酒を飲んでいる彼女はどこか寂しげだが、まるで絵描きが赤を使うときのような力強い意志のようなものも同時に感じていた。

突然の雨も悪くないな、なんて思いながら、僕も彼女と同じようなペースでウィスキーをおかわりしていた。

たまに彼女とマスターの会話が聞こえてきたが、二人ともまるで遠くに見える小鳥のように小さな声だったためなのか、もしくはアルコールのせいで僕の耳が遠くなっていたのか、はっきりはわからないが耳に神経を集中させてもほとんど聞きとることが出来なかった。

それでもいくつか聞きとることのできた二人の会話からわかったことは、彼女の名前がHということ、彼女は最近髪を切ったばかりで、髪を切る前はとても長かったということ、たまにこのバーにやってくるということ、そのくらいだった。

彼女は長い髪をなぜばっさりと切ったのか。

僕はそのことがとても気になって、遠くを眺めるふりをしながらずっとそのことを考えてみた。

男性が髪を切ることは爪を切ることとたいして変わりがないような気もするが、女性がばっさりと髪を切る場合は少し特別なことがあるような気がした。

決意とか、決別とか、挑戦とか、脱皮とか、再生とか、、、なんて今どき関係ないか。

なんてバカなことを考えながら、彼女に声をかけることもできずに店を出た。

あれ以来、僕は「Bar もぐら」には行ってないし、どこに店があったのかさえもうまく思い出すことができない。

一度だけ、雨の日に彼女のことを思い出して、あの「Bar もぐら」を探してはみたが、まるで雨と点灯する信号と車の光の中に隠れてしまったようで見つけることができなかった。

それにしてもあのとき、ひとつだけはっきりと聞こえてきたマスターが彼女に言った言葉がいまでも気になってしょうがない。

「『静かな川ほど深い』って言うじゃないか。君はただ静かなだけなんだよ」

( END )

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そんな僕があのとき使っていたグラスはこんなだったっけな。

ご来店をお待ち致しております。